【禁断の戦後史】消えた1.4兆円と北朝鮮ルート…朝銀信用組合破綻の深層にあった「聖域」と「政治の沈黙」

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1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本の金融界を揺るがす巨大な連鎖破綻劇がありました。「朝銀信用組合(朝銀)」の崩壊です。

この処理のために投入された公的資金は、なんと約1兆4000億円

現在の防衛費の約2割にも相当するこの巨額資金は、私たちの血税です。しかし、通常の銀行破綻とは異なり、この事件には不可解な「闇」がつきまとっていました。 それは、北朝鮮への不正送金疑惑「民族差別」批判による行政の萎縮、そして政治家の不可解な介入です。

なぜ、一地域金融機関の救済にこれほどの国富が費やされたのか? その金は一体どこへ消えたのか? 今回は、長年タブー視されてきた戦後史の暗部、朝銀破綻問題の深層を徹底レポートします。


1. 序論:1兆4000億円という「代償」の重み

まず、この事件の異常性を理解するために、数字の規模感を掴んでおきましょう。 1兆4000億円という金額は、政令指定都市が丸ごと一つ運営できるほどの規模であり、当時の金融システム安定化策の中でも突出した負担額でした。

通常の金融機関の破綻処理は、バブル崩壊による不良債権処理、つまり「経済的な失敗」の清算として語られます。しかし、朝銀問題は違いました。ここには以下の3つの「特異な要素」が複雑に絡み合っていたのです。

  • 北朝鮮への送金ルート疑惑(安全保障問題)
  • 「民族差別」批判による監督忌避(人権・社会問題)
  • 政治家の介入と沈黙(政治問題)

これらが複雑なスパゲッティのように絡み合い、本来であれば早期にメスが入るべき病巣が、手のつけられない末期がんになるまで放置されました。その治療費として請求されたのが、私たち国民の税金だったのです。 金融監督庁(現・金融庁)や捜査当局、そして政治家たちは、この巨大な「聖域」を前にどう動いたのでしょうか。


2. 歴史的経緯と「聖域」化の構造

なぜ、朝銀はこれほど長く「アンタッチャブル」な存在であり続けられたのでしょうか? その起源は、組織の設立経緯と、ある「密約」に遡ります。

朝銀信用組合とは何だったのか

朝銀信用組合は、戦後、日本の一般銀行から融資を受けることが困難だった在日朝鮮人の商工人のために、相互扶助を目的として設立されました。 パチンコ産業、建設業、飲食業……。日本の高度経済成長の影で、彼らの経済活動を資金面で支え、生活基盤の向上に寄与してきた側面があることは事実です。

しかし、この金融機関には決定的な特徴がありました。それは、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)の指導下にあるという点です。 金融機関でありながら、実質的には政治組織と一体化した運営が行われていました。人事や融資決定において、金融の論理(返済能力があるか)よりも、組織の論理(組織への貢献度や忠誠心)が優先される構造が、設立当初から埋め込まれていたのです。

行政を沈黙させた「五箇条の御誓文」

朝銀が「聖域」と化した最大の要因として、1976年に国税庁と在日朝鮮人商工連合会(商工連)との間で結ばれたとされる合意、通称「五箇条の御誓文」の存在が指摘されています。

これは、表向きは税務行政上の確認事項ですが、実態としては「朝銀や関連企業への介入を極力控える」という不可侵条約のように機能しました。

  • 税務調査の事前通知: 調査に入る際は事前に通知を行うこと。これにより、証拠隠滅や帳簿改ざんの猶予が与えられ、抜き打ち調査が不可能になりました。
  • 団体交渉権の容認: 調査結果について団体交渉に応じること。個別の脱税事案が政治問題・民族問題にすり替えられ、現場の調査官が萎縮する原因となりました。
  • 民族特殊性の考慮: 親族への送金や冠婚葬祭など、独自の慣習を経費として認めること。これが、使途不明金や北朝鮮への送金が「経費」として処理される抜け穴になったと言われています。

この合意により、朝銀の経営実態は外部から極めて見えにくい「ブラックボックス」となりました。 金融監督庁の検査官でさえ、「下手に踏み込めば差別だと糾弾される」という恐怖心から、見て見ぬふりを決め込む空気が醸成されていたのです。この行政の不作為が、結果として不良債権の膨張と、国民負担の増大を招いた主因の一つです。


3. バブル崩壊と破綻のメカニズム

「聖域」の中で腐敗は進行します。バブル経済の熱狂の中で、朝銀の乱脈経営は常軌を逸したものになっていきました。

借名口座という錬金術

破綻後の調査や刑事裁判で明らかになったのは、「架空名義口座(借名口座)」の大量利用です。 実体のない親族の名前や、存在しない法人名義で口座を作り、そこへ融資を実行したように見せかける。もちろん、返済される見込みなどありません。資金は特定の不動産会社や総連関連企業、あるいは北朝鮮への送金資金として流用されていました。

東京の事例では、元理事長らが実体のない会社等へ巨額融資を行い、信用組合に損害を与えた背任行為が認定されています。また、大分の事例では、元支店長が預金を不正に払い戻し、約1億円を横領してギャンブルなどに使い込んでいたとして実刑判決が下されました。 内部管理体制は崩壊しており、まるで「自分たちの財布」のように預金が引き出されていたのです。

異例の「公的資金」投入スキーム

1997年の朝銀大阪の破綻を皮切りに、全国の朝銀がドミノ倒しのように経営破綻しました。 政府は「金融システム全体の安定」を大義名分に、預金保険法に基づく資金援助を決定します。

その処理スキームは、破綻した朝銀の事業を、新たに設立された「受け皿金融機関」(現在のハナ信用組合など)へ譲渡し、資産(正常な貸出金)より負債(預金)の方が圧倒的に多いため、その差額を預金保険機構が金銭贈与として穴埋めするというものでした。

この「穴埋め」こそが、1兆4000億円の正体です。 政府は「法に則り、他の金融機関と同様に厳正に対処する」との立場を崩しませんでした。しかし、一般の破綻金融機関とは異なり、その資金の一部が拉致問題や核開発に関与する北朝鮮へ流れていた疑惑があったため、この「通常の処理」という方針自体が、後に激しい政治論争の的となります。


4. 北朝鮮への送金ルート:疑惑の深層

ここからが、この事件の最も闇深い部分です。 消えた資金の一部は、日本国内で消費されたのではなく、海を渡ったのではないか——いわゆる「北朝鮮への送金疑惑」です。

「忠誠資金」の還流システム

公安調査庁や警察当局が長年マークしていたのが、パチンコ産業などで稼ぎ出された資金が、朝銀の預金や融資を通じて吸い上げられ、北朝鮮本国へ「忠誠資金」として送金されていたという構図です。 しかし、銀行送金で「北朝鮮政府宛」などと堂々と書けるはずもありません。そこで使われたのが、複雑な「迂回送金」の手口です。

輸入代金を装う手口

捜査当局やジャーナリストの取材によって浮上したのは、朝鮮総連系商社を介した巧妙な資金洗浄ルートでした。

典型的な手口はこうです。 まず、総連傘下の商社(東海商事、東明商事など)が、中国などから稲わらなどの安価な商品を輸入したように装います。そして、その輸入代金の決済という名目で、資金を海外(主に中国)の口座へ送金します。 一度海外へ出てしまえば、そこから先はブラックボックスです。現地で米ドルに換金され、ハンドキャリーや第三国経由で北朝鮮へ渡ったと見られています。

ある事例では、数百万単位の現金が役員の個人口座に入金され、そこから商社口座へ、そして海外へと移動していました。一回あたりの額は小さくとも、これが組織的かつ反復的に行われていれば、その総額は天文学的な数字になります。

捜査を阻んだ「見えない壁」

当然、警察も動こうとしました。しかし、ここでも「政治的な壁」が立ちはだかります。 石原慎太郎元東京都知事の証言によれば、朝銀破綻問題で捜査が入った際、本来であれば北朝鮮との資金移動を追及すべき外事警察(公安)が前面に出られず、経済事件を担当する捜査二課のみが主導する形となったケースがあったといいます。

さらに、捜査員が現場に立ち入る際も、総連側が指定した「ここのロッカーのこのキャビネットだけ」という限定的な範囲にとどまるなど、実質的な捜査が骨抜きにされていた可能性が指摘されています。 このような制約は、強硬な捜査が「弾圧」として政治問題化することを恐れた警察上層部や政府の意向が働いた結果であると推測されます。


5. 「民族差別」批判と処理遅延の政治力学

この問題を語る上で避けて通れないのが、「差別」という言葉が持つ強力な政治的影響力です。

「差別」を盾にした防衛戦術

朝鮮総連および朝銀側は、行政による検査やマスコミによる批判的な報道に対し、徹底して「在日朝鮮人に対する民族差別である」というロジックを用いて反発しました。 この戦術は、日本の行政機関やメディアに対して極めて有効に機能しました。特に人権意識の高まりや、過去の植民地支配に対する負い目から、リベラル派のメディアや野党の一部がこの主張に同調する傾向にあり、これが朝銀問題の本質(乱脈経営と資金流用)を覆い隠す煙幕の役割を果たしたのです。

石原慎太郎「三国人」発言の波紋

2000年4月、石原慎太郎都知事(当時)が行った陸上自衛隊練馬駐屯地での演説において、「三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返しており…」と発言したことは、朝銀問題をめぐる言論空間に複雑な影響を与えました。

この発言は、本来は治安対策に関する文脈であったものの、「三国人」という言葉が持つ差別的なニュアンスから、国内外で激しい批判を浴びました。 皮肉なことに、この発言による「差別糾弾」の世論の盛り上がりは、同時期に進行していた朝銀破綻処理に対する追及の手を鈍らせる効果をもたらしました。「石原発言を許さない」という空気が支配的になる中で、在日朝鮮人関連組織に対する厳しい監視や批判を行うことが、あたかも石原発言を肯定するかのように受け取られかねない状況が生まれたためです。 これにより、朝銀の不正を追及する保守派の言論が「差別主義」と同一視されるリスクが生じ、問題の核心へのアプローチが難化した側面は否めません。


6. 国会における論戦:公的資金投入の是非を巡って

国会の場でも、この問題は激しく議論されました。特に焦点となったのは、税金の使い道としての正当性です。

西村眞悟議員による追及と「利敵行為」論

国会において、朝銀への公的資金投入を最も厳しく批判したのが、西村眞悟衆議院議員をはじめとする保守系議員でした。 西村議員は、朝銀の破綻が単なる経営失敗ではなく、北朝鮮への違法送金による資金流出が主因であるとの観点から、これに公的資金(税金)を投入することは、間接的に北朝鮮体制を支える「利敵行為」であると主張しました。

しかし、政府側の答弁は常に官僚的なものでした。「破綻した信用組合の事業を譲り受けた信用組合に対しても、法令に基づき適切に監督を実施している」とし、公的資金投入の対象はあくまで「我が国の法令に基づき設立された金融機関」であり、預金者保護の観点から不可欠であるとの法解釈を繰り返しました。

小泉内閣と「北朝鮮リスク」

2002年の日朝首脳会談により、北朝鮮による日本人拉致が事実として確認されると、朝銀問題に対する世論の風向きは劇的に変化しました。 それまで「疑惑」とされていた北朝鮮の国家犯罪が明らかになったことで、朝銀を通じた資金流出問題も現実的な安全保障上の脅威として認識されるようになったのです。

小泉純一郎首相(当時)に対する国会質疑において、野党議員らは平壌宣言の破綻を指摘しつつ、朝銀への1兆4000億円投入について改めて疑義を呈しました。これに対し政府は、金融システムの安定という大義名分を維持しつつも、朝銀破綻処理に関しては北朝鮮当局との協議や交渉を行った事実はないと強調し、あくまで国内金融問題としての処理であることを貫きました。

後に首相となる安倍晋三氏も、この時期、朝銀問題を含めた対北朝鮮強硬姿勢を鮮明にしていました。安倍氏は、従来の事なかれ主義的な対応が拉致問題や核・ミサイル開発の増長を招いたという認識に立ち、経済制裁や金融制裁の必要性を訴えていたのです。


7. マスコミ報道の変遷と影響

1990年代中盤まで、主要メディアにおいて朝銀の乱脈経営や北朝鮮送金疑惑を正面から取り上げることはタブー視されていました。これは、朝鮮総連からの抗議行動や、前述の「差別」批判を恐れたためです。 しかし、1997年の朝銀大阪破綻以降、一部の週刊誌や月刊誌が精力的な取材を行い、不正融資の実態や政治家の関与を暴き始めました。

これに対し、全国紙やテレビメディアの腰は重かったのですが、1999年の連続破綻と公的資金投入の決定、そして2002年の拉致認定を経て、ようやく批判的な報道が増加しました。 メディア報道が過熱する中で、国民の間には「なぜ自分たちの税金が、拉致を行った国に関連する金融機関の救済に使われるのか」という素朴かつ強烈な怒りが広がりました。この世論の怒りは、金融当局の「預金者保護」という説明だけでは納得させることができず、結果として政府への不信感を増幅させました。

一方で、この世論の高まりが、後の外為法改正や特定船舶入港禁止法などの対北朝鮮制裁法整備を後押しする土壌となったとも言えます。


8. 総括:システムとしての失敗と教訓

約1兆4000億円。 この巨額資金は、形式的には預金者を守るために使われました。しかし実質的には、長年にわたる朝銀の乱脈経営と、それを放置してきた日本の行政・政治の不作為のコストでした。

1兆4000億円の内訳と意味

投入された公的資金の大半は回収不能となり、国民負担として確定しました。 さらに踏み込んで言えば、その一部は北朝鮮の体制維持や軍事開発に転用された可能性が極めて高く、日本国民が自国の安全保障を脅かす相手に資金を提供してしまったという、皮肉で深刻な結果を招いたと言わざるを得ません。

「聖域」の解消と今後の課題

朝銀の破綻処理を通じて、旧来の朝銀は解体・再編され、新たに発足したハナ信用組合等は金融庁の厳格な監督下に置かれることとなりました。これにより、かつてのような大規模な不正送金や乱脈融資が行われる余地は大幅に縮小したと考えられます。また、2000年代以降の累次の経済制裁により、日朝間の資金移動自体が厳しく制限されています。

しかし、朝銀問題が残した教訓は重いものです。 それは、「民族問題」や「外交的配慮」を理由に、法執行や行政監督に「例外」や「聖域」を設けることが、最終的にいかに大きな社会的・経済的損失をもたらすかという点です。また、危機が顕在化してから対処するのではなく、予兆の段階で政治的リスクを恐れずに介入することの重要性も浮き彫りになりました。

朝銀信用組合の破綻と公的資金投入は、単なる金融事件ではなく、戦後日本の対北朝鮮政策の総決算的な意味合いを持っていました。1兆4000億円という代償は、長年の「見て見ぬふり」の結果であり、その処理過程で露呈した政治の機能不全と、差別批判による思考停止は、日本の民主主義社会が抱える脆弱性を如実に示したといえるでしょう。

今後、同様の事態を防ぐためには、いかなる組織であっても法の下の平等を徹底し、透明性の高い監視体制を維持することが不可欠です。

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