もし、国をあげての一大プロジェクトで、参加者の半分近くが生きて帰れないと分かっていたら…あなたなら、その任務を引き受けますか?
今から1300年以上も昔の日本に、まさにそんな命がけのミッションがありました。それが「遣唐使」です。
彼らは、当時の超先進国だった唐(中国)から、最新の文化や技術を学ぶために派遣されたエリートたち。しかし、その航海は「生還率50%以下」とも噂されるほど危険なものでした。
なぜ彼らは、死の海へ旅立ったのか?そして、日本に帰らなかった人々には、どんな不思議な運命が待っていたのでしょうか?今回は、遣唐使たちの知られざるミステリーに迫ります。
まるで木の葉…死と隣り合わせの航海
遣唐使の旅がどれほど無謀だったか、まずはその航海から見ていきましょう。
現代のように頑丈な船も、GPSも、正確な天気予報もありません。彼らが乗り込んだのは、嵐が来れば簡単に転覆してしまうような簡素な木造船でした。
一度、東シナ海の荒波に乗り出してしまえば、逃げ込める島はどこにもありません。羅針盤もない時代、頼れるのは星の位置と自分たちの勘だけ。多くの船が、嵐に巻き込まれて沈んだり、バラバラになって漂流したりしました。
「生還率50%以下」という伝説は、決して大げさな話ではなかったのです。ある回の遣唐使では、120人が乗った船が遭難し、生きて帰れたのはたったの5人だったという記録も残っています。この船に限れば、生還率はわずか4%。まさに死の航海でした。
これほどの危険を冒してまで、彼らが唐から得ようとしたものは、一体何だったのでしょうか?
帰らざる人々の不思議な運命
危険な航海を乗り越え、やっとの思いで唐にたどり着いたとしても、すべての人が日本に帰ってきたわけではありません。そこには、現代の私たちには想像もつかないような、数奇な運命が待っていました。
ケース1:異国の天才官僚になった「阿倍仲麻呂」
遣唐使の物語で最も有名な人物の一人が、阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)です。 彼は19歳の若さで留学生として唐に渡りましたが、その才能はズバ抜けていました。なんと、超難関の科挙(官僚登用試験)に合格し、唐の皇帝にまで気に入られて、中国名「朝衡(ちょうこう)」として政府の高官にまで上り詰めたのです。
彼は、当時の世界的詩人である李白(りはく)とも親友になるなど、まさに異国で大成功を収めました。 しかし、彼の心には常に故郷・日本への思いがありました。
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも (大空をはるか遠くに仰ぎ見ると、月が出ている。あの月は、故郷の奈良にある三笠の山から昇ってきたのと同じ月なのだなあ)
この有名な和歌は、唐の都から故郷を想って詠んだものです。 彼は一度、日本への帰国を試みますが、乗った船が嵐で遭難。九死に一生を得て再び唐に戻り、その後、二度と日本の土を踏むことなく、72歳でその生涯を終えました。
国家の命令で留学したはずの若者が、なぜ超大国の政府高官となり、故郷に帰れなくなったのか。彼の人生は、不思議な魅力に満ちています。
ケース2:1300年間、歴史から消えた留学生「井真成」
井真成(いのまなり)という名前を聞いたことがある人は、ほとんどいないでしょう。それもそのはず、彼は1300年もの間、歴史の記録から完全に姿を消していた人物だからです。
彼も阿倍仲麻呂と同じ時期に唐へ渡った留学生でしたが、若くして異国の地で病死してしまいました。その存在が再び光を浴びたのは、なんと2004年。中国の工事現場で、偶然にも彼の墓誌(お墓に埋める故人の記録板)が発見されたのです。
そこには、彼の名前や日本人であることが記され、最後にこう刻まれていました。 「形は既に異土に埋むるとも、魂は故郷に帰らんことを庶ふ(こいねがう)」 (亡骸は異国の土に埋められても、魂だけは故郷に帰りたい)
1300年の時を超えて見つかったこのメッセージは、志半ばで倒れた名もなき留学生の悲痛な叫びを、私たちに伝えています。
ケース3:国家に逆らった反骨の天才「小野篁」
全員が国の命令に忠実だったわけではありません。中には、その危険すぎる任務に「NO」を突きつけた人物もいました。 それが、平安時代の天才学者であり、歌人でもあった小野篁(おののたかむら)です。
彼は遣唐使の副使に任命されましたが、出発直前、大使と船を巡って大ゲンカ。「こんなボロい船には乗れない!」と、なんと乗船を拒否してしまったのです。 さらに彼は、遣唐使の派遣を皮肉る漢詩を作って朝廷を批判。これに激怒した上皇によって、島流しの刑に処されてしまいました。
国家の一大事業をドタキャンし、反抗的な態度をとる。常識では考えられない行動ですが、彼の行動の裏には、多くの犠牲者を出す遣唐使というミッションそのものへの、強い疑問があったのかもしれません。彼の反骨精神は、遣唐使の歴史の中でも異彩を放つミステリーです。
結論:栄光の陰に隠された人間ドラマ
遣唐使は、日本の法律、文化、技術の礎を築いた、歴史的に非常に重要なミッションでした。 しかしその裏側には、生きて帰れるか分からない恐怖、異国で成功する夢、故郷への尽きせぬ思い、そして国家への抵抗といった、一人ひとりの壮絶な人間ドラマが隠されています。
彼らが持ち帰った宝物は、仏教の経典や美しい美術品だけではありませんでした。 成功の栄光と、その陰に消えた無数の魂の物語。それら全てが、今の日本に繋がっているのです。
遣唐使の歴史を知ることは、栄光の裏に隠された、不思議で、切なく、そして力強い人間の物語を知ることなのかもしれません。
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