灯台から3人の男たちが忽然と消えた「アイリーン・モア事件」

事件の不思議

スコットランドの沖合に浮かぶ、呪われた伝説が残る孤島、アイリーン・モア。 1900年の冬、この島で一つの光が消えました。新設されたばかりの灯台の光。そして、それを守っていたはずの3人の灯台守もまた、島から忽然と姿を消したのです。

後に残されたのは、不気味なほど整然とした居住空間と、嵐が残した凄まじい破壊の痕跡だけ。彼らはどこへ消えたのか?これは、20世紀最大の「密室ミステリー」の謎に迫る物語です。

発見された奇妙な「現場」

1900年12月26日、数日間にわたる嵐の後、灯台の補給船「ヘスペラス号」が島に到着しました。船長たちが目にしたのは、いくつもの不吉なサインでした。

  • 交代を知らせる旗は上がっておらず、船からの合図にも応答がない。
  • 上陸した交代要員が見たのは、固く閉ざされた灯台の扉。
  • 中に入ると、時計は止まり、ベッドは乱れたまま。しかし、キッチンはきれいに片付けられていた。
  • そして最も奇妙だったのは、3人分の防水防寒着のうち、1着だけがフックに残されていたことだった。

この残された1着の防寒着は、何を物語るのでしょうか? それは、2人の男がすでに外に出ており、残る1人が、防寒着を着る暇もないほど慌てて彼らの後を追って外へ飛び出したことを強く示唆していました。

一体、外で何が起きていたというのでしょうか?

偽りの日誌と、広まった「恐怖の物語」

この事件をさらにミステリアスにしたのが、後に発見されたとされる、灯台守が書き残した日誌の存在です。そこには、常識では考えられない、恐ろしい記録が残されていました。

12月12日: 「20年間見たこともない激しい嵐だ。屈強なマッカーサーが泣いている」 12月13日: 「嵐はまだ続いている。私たち3人は祈りを捧げている」 12月15日: 「嵐は去った。神は全てを司り給う」

ベテランの灯台守たちが、安全な灯台の中で嵐に怯えて泣き、祈る…。この劇的な内容は、事件に超自然的な謎の色合いを与え、瞬く間に世界中に広まりました。

しかし、この日誌は全くの偽物だったことが、後の研究で判明しています。 実際の気象記録では、12日から14日にかけて嵐は発生しておらず、穏やかでした。この偽の日誌は、事件を面白おかしく脚色しようとした後世の作家による創作だったのです。

さらに、事件のイメージを決定づけたのが、1912年に発表された一編の詩でした。その詩が描いた「食卓に残された、手つかずの食事」という鮮烈なイメージは、あまりに有名になりましたが、これもまた、きれいに片付いていた実際の台所の状況とは異なる詩人の創作でした。

偽の日誌が描いた「心理的な恐怖」と、詩が描いた「突然の中断」。この二つのフィクションが合わさることで、ただの失踪事件は、超常現象や狂気が絡む、壮大なミステリーへと昇華されてしまったのです。

犯人は「異常な波」?科学が解き明かした謎

では、本当に何が起きたのでしょうか? 最も有力な説は、当時の公式調査報告が結論づけた「巨大な波による事故」です。

調査官が島の外を調べると、信じがたい光景が広がっていました。

  • 海抜34メートルの高さにあった鉄の手すりが、根元からねじ曲げられていた。
  • 1トン以上もある巨大な岩が動かされていた。
  • そして最も驚くべきことに、海抜60メートル(ビル20階相当)の崖の上で、芝生が根こそぎ剥ぎ取られていた。

これは、通常の嵐では到底説明がつかない異常な破壊の跡でした。

現代の海洋学では、ごく稀に、周囲の波のエネルギーが一点に集中して生まれる、山のような巨大な波「異常波(ローグウェーブ)」の存在が確認されています。1995年には、高さ25メートルを超える異常波が実際に観測されました。

アイリーン・モアの地形は、この異常波の威力をさらに増幅させる「漏斗」のような構造になっていました。 おそらく、嵐の合間に船着場の備品を固定しようと外に出た2人の灯台守が、この予測不可能な巨大波に一瞬でさらわれたのでしょう。そして、灯台からそれを見ていた残る1人が、慌てて助けに飛び出したところを、第二波に飲み込まれてしまった…。

残された1着の防寒着も、この説ならば合理的に説明がつきます。

結論:なぜ私たちはこの謎に惹かれ続けるのか

科学的な説明は、ほぼ完璧に状況証拠と一致します。しかし、それでもなお、アイリーン・モアの物語が100年以上も色褪せることなく、私たちを魅了し続けるのはなぜでしょうか。

それは、この事件が、完璧なミステリーの条件をすべて満たしているからです。 呪われた伝説が残る孤島という「舞台設定」。嵐の夜に閉ざされた「密室状況」。そして何よりも、遺体が一つも発見されていないという、決定的な謎。

私たちの心は空白の物語を埋めようと超常現象や陰謀といった、よりドラマチックな説明を求めてしまいます。偽りの日誌や詩が、事実よりも広く信じられてしまったのがその何よりの証拠です。

アイリーン・モアの消えた灯火は、海の恐ろしさだけでなく、事実よりも魅力的な「物語」の力を今も静かに照らし続けているのかもしれません。陰謀論が流行りがちの現代にも通じる話なのかもしれません。

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