スコットランドで最も有名な城は“偽物”だった?アイリーンドナン城に隠された驚きの真実

歴史の不思議

スコットランドのハイランド地方。三つの湖が交わる神秘的な小島に、石橋で本土と結ばれた、一枚の絵画のように美しい城がたたずんでいます。その名は、アイリーンドナン城。 世界で最も写真に撮られる城の一つとして、ポストカードや映画でおなじみのこの城は、誰もが疑うことのない「中世スコットランドの象徴」です。

しかし、もし、この完璧な中世の城が、実は20世紀に建てられた、比較的新しい建造物だとしたら…?

これは、廃墟と化した城が、一族の誇りと、産業革命の富と、そして一人の石工が見たという不思議な夢によって、歴史上最も成功した「発明品」へと生まれ変わる、驚くべき物語です。今回は、スコットランドのアイコンに隠された、壮大なミステリーの真相に迫ります。


第1章:築かれ、そして砕かれた歴史

この城が立つ島は、古くから戦略的な要衝でした。最初の城が築かれたのは13世紀。当時、スコットランドの西海岸を荒らし回っていたヴァイキングの襲撃を防ぐための、重要な防衛拠点でした。 やがて城は、この地を治めるマッケンジー氏族の拠点となり、その忠実な同盟者であるマクレイ氏族が、代々城を守る「城代」を務めるようになります。

しかし、この城の運命を決定づけたのが、1719年に起きた「ジャコバイトの反乱」でした。 スコットランドの王位を追われたステュアート家を復位させようとするこの反乱で、アイリーンドナン城はスペインからやってきた支援部隊の司令部兼、火薬庫として利用されます。

この動きを察知した英国政府は、容赦しませんでした。3隻の強力な軍艦を派遣し、城に猛烈な砲撃を加えます。厚さ4メートルを超える分厚い城壁は3日間耐え抜きましたが、ついに陥落。

そして、英国軍は城内で、反乱軍が備蓄していた343樽ものスペイン製火薬を発見します。 彼らは、この敵自身の火薬を使い、城が二度と要塞として使われることのないよう、徹底的に爆破。城は、見るも無残な瓦礫の山と化してしまったのです。


第2章:200年の眠りと、石工が見た「不思議な夢」

その後200年間、アイリーンドナン城は風雨にさらされる廃墟として、深い眠りにつきます。 しかし、この荒廃した姿が、皮肉にも城に新たな価値を与えました。19世紀のロマン主義の時代、人々はハイランドの荒々しい自然と、そこに佇む古城の廃墟に、物悲しくも絵画的な美しさを見出したのです。

この廃墟に、再び命を吹き込もうと考えた男が現れます。 彼の名は、ジョン・マクレイ=ギルストラップ中佐。かつてこの城の城代を務めたマクレイ一族の直系の子孫であり、英国軍の兵士として世界を渡り歩いた人物でした。 彼は、産業革命で財を成した妻の莫大な資産を元手に、1911年、ついに先祖代々の土地であるこの島を買い戻します。

当初、彼の目的は廃墟をそのまま保存することでした。しかし、その計画を根底から覆す、不思議な出来事が起こります。

再建の現場監督を任されていた地元の石工、ファーカー・マクレイ。彼は、マクレイ=ギルストラップ中佐に対し、こう主張したのです。

夢を見ました。元の城がどのような姿だったかを、隅々まで、驚くほど鮮明に見たのです

この神秘的な夢の話が、中佐の心を動かしました。彼は、単なる保存ではなく、夢に現れたという壮麗な城を、完全に「再建」するという、壮大な決断を下したのです。

この「夢の物語」は、再建プロジェクトを正当化するための、強力な神話となりました。 限られた史料に基づいた20世紀の再建は、「偽物」や「金持ちの道楽」と批判されかねません。しかし、夢の物語は、この再建が人間の発明ではなく、土地の祖先の霊に導かれた神秘的な啓示であったことを示唆し、プロジェクトに古代ゲール文化の「本物らしさ」を与えたのです。


第3章:夢の城の「発明」

再建工事は、1912年から1932年までの20年間に及ぶ、壮大な事業となりました。 その設計思想は、考古学的な正確さよりも、ロマン主義的な「理想の城」を追求するものでした。

現存する古い図面を参考にしつつも、設計チームは、銃眼付きの小塔や、実際に機能する落とし格子など、人々が「中世の城」と聞いて思い浮かべるような、絵画的でドラマチックな要素を意図的に付け加えていきました。

そして、この再建における最大の「発明」が、今やこの城の象徴となっている、本土と島を結ぶ優美なアーチ状の石橋です。 中世の要塞には、防衛上の理由から、このような立派な橋は存在しませんでした。この橋は、観光客がアクセスしやすいように作られた、純粋な20世紀の創造物だったのです。

この「発明」は、当時から批判にさらされました。ある作家は、「絵のように美しい廃墟を、恒久的に風景を汚すものに変えてしまう感性には、ただ驚くほかない」と痛烈に批判しています。

彼らが作り上げたのは、歴史的に正確な城の複製ではありませんでした。それは、20世紀の人々が夢見た、「かくあってほしかった中世」を具現化した、壮大な舞台装置だったのです。


第4章:ハリウッドが生んだ世界的アイコン

こうして「発明」されたアイリーンドナン城が、世界的な名声を得る上で決定的な役割を果たしたのが、映画でした。その完璧すぎる姿は、「ロマンチックなスコットランド」を表現するための、これ以上ない映画的シンボルとなったのです。

その地位を不動のものにしたのが、1986年のカルト的人気を誇る映画『ハイランダー 悪魔の戦士』です。この作品で、城は不死身の剣士であるマクラウド一族の故郷として描かれ、そのイメージは世界中の観客の心に焼き付きました。

さらに、1999年のジェームズ・ボンド映画『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』では、英国秘密情報部MI6のスコットランド支部として登場。歴史的なロマンに加え、現代的でクールな魅力まで手に入れたのです。

これらの映画によって、城のイメージは繰り返し再生産され、世界中の人々が「スコットランドの城」と聞いて真っ先に思い浮かべる、圧倒的なアイコンへと成長しました。

結論:歴史のファイルに隠された「完璧な嘘」の力

アイリーンドナン城の物語は、中世の実用的な要塞から、政治的反乱の犠牲者へ、そしてロマン主義的な廃墟を経て、20世紀の「夢の城」、さらには世界的なメディアスターへと至る、驚くべき変遷の軌跡を描き出しています。

結論として、この城の「非真正性(偽物であること)」こそが、この建物を文化的にこれほど重要たらしめている、最大の要因と言えるでしょう。 それは13世紀の記念碑ではなく、過去をロマンチックに理想化したいという、20世紀の人々の強力な願望の記念碑なのです。

私たちがポストカードや映画で見て感動するアイリーンドナン城は、中世の記憶ではなく、「発明された記憶」の結晶です。 その物語は、個人の夢、国家のアイデンティティ、産業革命の富、そして近代メディアが持つ神話創造の力が、いかにして一つの「真実」を作り上げるかを見事に示しています。

この城は、歴史がいかにして現代の私たちの願望を映し出す鏡となるか、そして、時には「完璧な嘘」が、複雑な真実よりもはるかに強い力を持つことがある、という不思議を、今も静かに物語っているのです。

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