なぜペプシはソ連の軍艦を手に入れたのか?冷戦が生んだ奇妙すぎる取引の謎

歴史の不思議

「ペプシコーラが、世界第6位の海軍を持っていた時代がある」

にわかには信じがたいこの話は、都市伝説でも陰謀論でもありません。冷戦末期の1989年、アメリカの炭酸飲料会社ペプシコが、ライバル国家ソビエト連邦から潜水艦を含む17隻の軍艦を手に入れたのは、紛れもない事実です。

なぜ、一介の民間企業が、超大国の軍艦を所有することになったのでしょうか?そして、その奇妙すぎる取引の裏には、どんな謎が隠されていたのでしょうか。今回は、歴史の教科書には載らない、ソーダと軍艦が交錯した不思議な物語の真相に迫ります。

すべての始まりは一杯のコーラだった

この奇妙な物語の幕開けは、1959年のモスクワに遡ります。 米ソの対立が激しかった冷戦のさなか、モスクワで「アメリカ博覧会」が開催されました。その会場で、当時のアメリカ副大統領ニクソンと、ソ連の最高指導者フルシチョフが、資本主義と共産主義のどちらが優れているかで激しい口論を繰り広げます。これが有名な「キッチン討論」です。

この歴史的な瞬間の裏で、一人の男が動いていました。ペプシの国際部門責任者だったドナルド・ケンドールです。彼は旧知の仲であるニクソンに「何としてもフルシチョフにペプシを飲ませてくれ!」と頼み込みます。

翌日、ニクソンは約束通り、興奮したフルシチョフをペプシのブースに誘導。ケンドールが差し出した一杯のペプシを飲んだフルシチョフは、「実に爽やかだ!」とご満悦。その様子を捉えた一枚の写真は、世界中の新聞の一面を飾り、ペプシに計り知れない宣伝効果をもたらしました。

しかし、このPRの大成功が、30年後にペプシを「海軍大国」へと導くとは、この時誰も想像していませんでした。

通貨がダメならウォッカで!奇妙な物々交換

ケンドールはPRの成功を足がかりに、ソ連市場への本格進出を目指します。しかし、そこには巨大な壁が立ちはだかっていました。 ソ連の通貨「ルーブル」は、国際市場では全く価値のない、国内でしか使えないお金だったのです。つまり、ソ連でペプシがいくら売れても、その利益をドルに換えてアメリカに持ち帰ることができませんでした。

そこでケンドールが考え出したのが、驚くべき物々交換(バーター取引)です。 1972年、ペプシはソ連政府と歴史的な契約を結びます。その内容は、「ペプシの原液をあげるから、代わりにソ連産のウォッカ『ストリチナヤ』をアメリカで売らせてくれ」というものでした。

この奇策は見事に成功。ペプシはソ連で販売される初のアメリカ製品となり、最大のライバル、コカ・コーラを10年以上も締め出すことに成功したのです。

そして伝説へ…「ペプシ海軍」の誕生

しかし1980年代末、このウォッカ取引も行き詰まります。ソ連のアフガニスタン侵攻に対する抗議として、アメリカでソ連製品のボイコット運動が起き、ストリチナヤ・ウォッカが売れなくなってしまったのです。

それでもソ連国民のペプシへの渇望は止まりません。ドルを払えないソ連が、ペプシの代金として次に提示したものこそ、歴史上最も奇妙な支払い方法でした。

「退役した海軍の軍艦ではどうだろうか?」

1989年、ペプシコはこの提案を受け入れ、潜水艦17隻、巡洋艦1隻、フリゲート艦1隻、駆逐艦1隻を手に入れたと報じられました。ここに、伝説の「ペプシ海軍」が誕生したのです。

このシュールな状況に、CEOのケンドールは、当時のブッシュ政権の国家安全保障担当補佐官に、こんな有名なジョークを飛ばしています。

「我々は、あなた方(アメリカ政府)よりも速いペースでソ連を武装解除しているよ」

謎の真相:「世界第6位の海軍」は本当だったのか?

この取引により、ペプシは一時的に「世界で6番目に大きな海軍」になった、という話は、この伝説の最も魅力的な部分です。しかし、その真相は少し違っていました。

  • 軍艦の正体は「鉄くず」 ペプシが手に入れた軍艦は、どれも旧式で錆びついた、航行不能なオンボロでした。軍事的な価値はゼロで、実態はただの鉄くず(スクラップ)だったのです。ペプシはこれらの船を即座にスウェーデンの解体業者に売却し利益を得ました。
  • 「世界第6位」は神話 当時の世界の海軍力と比較すれば、17隻の鉄くず潜水艦が「世界第6位」に到底及ばないことは明らかです。しかし、このキャッチーな神話は話の面白さから世界中に広まり、今も語り継がれています。
  • 軍艦取引は「幻」だった? さらに謎を深めるのが、この軍艦取引そのものの信憑性です。1989年に軍艦の取引が報じられた一方で、翌1990年には、軍艦ではなく「新造の石油タンカー」を含む、より大規模な30億ドル規模の契約が結ばれたと報じられています。

最も可能性が高いシナリオは、「軍艦を渡す」という話は交渉のテーブルには乗ったものの、最終的にはより現実的な「商業船を渡す」という取引に落ち着いた、というものでしょう。しかし、「ソーダ会社が潜水艦を手に入れた」という話の方が遥かに面白いため、こちらの伝説だけが人々の記憶に強く残ったのです。

結論:コーラ戦争と冷戦が残した不思議な物語

ペプシとソ連の奇妙な物語は、皮肉な結末を迎えます。 1991年にソビエト連邦が崩壊すると、旧体制と深く結びついていたペプシは「古い時代の飲み物」と見なされるようになりました。そこへ、自由と新しい時代の象徴としてコカ・コーラが大々的に進出し、ロシア市場の覇権を握ったのです。

ペプシはロシアでの「コーラ戦争」には敗れたかもしれません。しかし、一杯のコーラから始まり、ウォッカと軍艦を経て、超大国の歴史にまで深く関わった30年間の物語は、他のどんな企業にも真似できない、唯一無二の伝説です。

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