地獄の叫び声か、地球の真実か?人類が掘った「世界最深の穴」の謎に迫る

地理の不思議

ロシアの北極圏に近い荒野に、錆びついた金属の蓋で固く封印された、直径わずか23cmの穴が存在します。

しかし、その下には、地球の深淵へと続く垂直深度12kmを超える、人類が掘った最も深い穴と言われる「コラ半島超深度掘削坑」が隠されています。

この穴は、二つの全く異なる物語を現代に伝えています。

一つは、地球の常識を覆した科学的偉業の物語。 そしてもう一つは、この穴が地獄への入り口であり、そこから罪人たちの叫び声が聞こえてくるという、背筋も凍る都市伝説の物語です。

人類が初めて自らの惑星の奥深くを覗き込んだ時、一体何を見つけたのでしょうか?この記事では、科学的探求とオカルト伝説という二つの側面から、この世界最深の穴の全貌を解き明かしていきます。


地底の宇宙開発競争:なぜ穴は掘られたのか?

コラ半島超深度掘削坑プロジェクトの起源は、米ソが熾烈な技術開発競争を繰り広げた冷戦時代に遡ります。宇宙を目指す「宇宙開発競争」と並行して、地球の内部を探る「地底の宇宙開発競争」が存在したのです。

この競争の火付け役は、アメリカの「モホール計画」でした。海底を掘削し、地球のマントルに到達しようとしたこの計画は資金難で中止になりました。ライバルの挫折を見たソビエト連邦は、自国の技術力を世界に誇示するため、威信をかけたこのプロジェクトを1970年に開始しました。

その目的は石油やガスではなく、「純粋な科学的探求」。しかし、冷戦下において、基礎科学の追求それ自体が、共産主義体制の優位性を示す強力なプロパガンダとなると見込んだのです。


深淵への四半世紀の旅:前人未到の掘削技術

1970年からプロジェクトが終了する1995年まで、掘削は四半世紀近くに及ぶ困難な挑戦でした。

ソ連の技術者たちは、12kmにも及ぶドリルパイプ全体を回すのではなく、先端のドリルビットのみを水圧で回転させるという画期的な技術を開発。1989年には、人類未踏の垂直深度12,262メートルという世界記録を樹立します。

しかし、その道のりは平坦ではありませんでした。1984年には大事故が発生し、5,000メートル分ものドリルパイプがねじ切れて穴の底に脱落。チームは7,000メートルの地点から掘削をやり直すという、大きな後退を余儀なくされました。


地球の教科書を書き換える:科学者たちが見た「地獄」の正体

コラ半島掘削坑がもたらした科学的発見は、それまでの地球物理学の常識を覆す、革命的なものでした。そこで見つかった「真実」は、どんなオカルト話よりも奇妙だったのです。

  • 発見1:岩石から生まれた水 水が存在するはずのない深さで、大量の液体水が発見されました。これは地表から浸透したものではなく、岩石が超高圧で押しつぶされ、結晶から水素と酸素が「搾り出されて」生まれた「鉱物由来の水」でした。
  • 発見2:古代生命の痕跡 深度約6.7km、27億年前の岩石の中から、24種類もの単細胞プランクトンの微化石が完璧な状態で発見されました。生命の痕跡を消し去るはずの超高温・超高圧環境を生き延びた生命が存在したという、驚くべき発見です。
  • 発見3:水素を呼吸する惑星 掘削孔から還流する泥水が、大量の水素ガスによって「沸騰」しているように見えました。地球の地殻深部に、未知の膨大な水素が存在することを示唆する発見でした。

最後の障壁:プラスチックの地球

では、なぜプロジェクトは目標の15kmに到達する前に中止されたのか。その理由は、地獄の番人ではなく、純粋な物理法則でした。

科学者たちは最深部の温度を摂氏100度と予測していましたが、実際は摂氏180度に達していました。この高温下では、岩石は固体としての性質を失い、「プラスチックのように」性質を変えるのでした。ドリルは岩を砕けなくなり、これ以上掘り進むことは不可能になったのです。

人類の最も深い探査は、熱力学によってその限界を告げられました。


深淵からの囁き:「地獄の叫び声」の都市伝説

科学的成果とは別に、世間では全く別の物語が囁かれ始めました。「地獄の叫び声」として知られる都市伝説です。

シベリアのどこかで、ソ連の科学者チームが地殻を14.4kmまで掘削したところ、巨大な空洞に行き当たった。耐熱マイクを下ろしてみると、摂氏1000度を超える灼熱の中から、無数の人間が苦しみ悶えるおぞましい叫び声が録音された――。

この伝説は、証拠とされる「音声」と共に世界中に拡散しました。しかし、その正体は、1972年のホラー映画『バロン・ブラッド』のサウンドトラックを加工したものだったのです。

以下の表は伝説と事実を対比させたものです。

「地獄の叫び声」伝説の主張コラ半島掘削坑の事実
場所: シベリアの無名の場所場所: ノルウェー国境に近いコラ半島
深度: 14.4キロメートル深度: 12.262キロメートル
発見: 地殻内の巨大な空洞発見: 空洞は存在しない。岩石は固体。
温度: 摂氏1000度温度: 最深部で摂氏180度
音声: 地獄の叫び声を録音音声: そのような録音は行われていない。

デマはいかにして世界に拡散したか

この作り話は、フィンランドのキリスト教系新聞から、アメリカのテレビ局、そして黎明期のインターネットへと流れ、世界的な現象となりました。

冷戦末期、「無神論者のソビエトが、文字通り地獄を掘り当ててしまった」という物語は、当時の社会情勢や人々の不安心理と結びつき、多くの人々にとって魅力的な寓話として受け入れられたのです。


結論:沈黙の深淵と、その永続する残響

現在、コラ半島の掘削施設は放棄され、深淵へと続く穴は固く閉ざされています。

このプロジェクトが残したのは、二つの遺産です。一つは、地球物理学の教科書を書き換えた、画期的な科学データ。しかし、その成果は主に専門家の間で知られるに留まっています。

もう一つは、地球の裏側まで届くほど強力な都市伝説。この伝説は、科学的事実よりも、人間の心理、未知への恐怖、そして巧みな物語が持つ文化的な力について多くを物語っています。

コラ半島超深度掘削坑は、科学者にとっては地球の真実を映し出す窓でしたが、多くの人々にとっては自らの恐怖を映し出す鏡となりました。未知への探求とは、そこで何を発見するかということ以上に、私たちがそこに何を投影するかによって、その意味が決定づけられるのかもしれません。

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