呪いか、祝福か?双子を殺す文化と崇める文化が共存する国、ナイジェリアの謎

地理の不思議

19世紀、ナイジェリア南東部の森の奥深く。 素焼きの壺に入れられた、生まれたばかりの赤ん坊が、静かに遺棄されていました。この悲惨な赤ん坊の「罪」は、ただ一つ。双子として生まれてきたことでした。 その存在は、共同体に災厄をもたらす「不吉な凶兆」と見なされ、その命は、霊的な秩序を守るための犠牲として、悲しいことに闇に葬られていたのです。

そして現代。 同じナイジェリアの南西部にある町、イグボ=オラ。 ここでは毎年、「世界双子フェスティバル」が盛大に開催され、色とりどりの揃いの衣装に身を包んだ、何百組もの双子たちが、レッドカーペットの上を誇らしげに行進します。 彼らは、神から授かった「祝福」であり、幸運と繁栄の象徴として、人々から喝采を浴びるのです。

森に捨てられる子供と、玉座に迎えられる子供。 なぜ、同じナイジェリアという国の中で、同じ生物学的現象である双子の誕生が、これほどまでに両極端な意味を与えられたのでしょうか。 これは、ナイジェリアという国が抱える、最も深く、最も不思議な文化的パラドックスの物語。歴史のファイルに記録された、恐怖と祝福が織りなす、驚くべき謎の真相に迫ります。


第1章:二重の誕生が落とす影 – 恐怖と子殺しの宇宙観

ナイジェリアの一部地域、特にイボ族やエフィク族の間で、歴史的に行われてきた双子殺害の慣習。 それは、単なる迷信や残虐行為として片付けられるものではありません。その根底には、世界の秩序、人間性の定義、そして共同体の存続に関わる、深く根差した「宇宙観」がありました。

「人間ではない」とされた双子

双子への恐怖の核心にあったのは、「一度に複数の子供を産む」という行為が、人間の営みではなく、動物のそれに近いという信念でした。 この「不自然な」出来事は、超自然的な力の介入、すなわち悪霊の仕業だと説明されました。広く信じられていたのは、「双子の一方は、母親と交わった悪霊から生まれた子供である」という神話です。そして、 どちらが悪霊の子かを見分けることは不可能なため、両方の子を排除する必要があるというのです。

この信念は、双子の誕生を、母親が犯した重大な霊的罪の証拠へと変質させました。 双子殺害の慣習は、人間と動物、自然と超自然、秩序と混沌といった、世界の根本的な境界線を維持するための、社会的防衛メカニズムとして機能していたのです。

排除の儀式

双子を排除する方法は、単なる殺害ではありませんでした。 最も一般的な方法は、赤ん坊を「悪い茂み」と呼ばれる、霊的に危険とされる森に遺棄すること。あるいは、素焼きの壺に入れて森に捨てるというものでした。 これらの行為は、汚染を祓い、共同体の霊的な均衡を回復するための、重要な儀式でした。それは悲劇的な行為でありながらも、当時の人々の世界観においては、共同体の存続のために不可欠な、社会的・宗教的義務だったのです。


第2章:変革の担い手たち – 誰が双子を救ったのか?

この恐ろしい慣習は時代を経てようやく廃絶させることになります。この功績はある一人の英雄的な宣教師によるものでした。 1876年にスコットランドからやってきた、メアリー・スレッサーです。彼女は、森に遺棄された双子の赤ん坊を自ら保護し、育てるなど、その生涯をこの地の社会改革に捧げ、「オコヨンの白い女王」として、その名を歴史に刻みました。

しかし、この「白人の救世主」という物語は、歴史の真実を単純化しすぎています。 実際には、彼女の成功は、それ以前から存在した、ナイジェリア国内で少しずつ進行していた複雑で多層的な変革の潮流の上に成り立っていたのです。

  • 先駆者たちの存在: スレッサーが到着する30年も前から、すでにキリスト教の宣教師団がこの地で活動を開始しており、地道に慣習廃絶の土壌を整えていました。
  • 忘れられた現地の英雄: そして何より重要なのが、しばしば歴史の影に隠されてきた、現地の指導者の存在です。 その筆頭が、クリーク・タウンの王であったエヨ・オネスティ2世。彼は、スレッサーがナイジェリアに到着する20年以上も前から、自らの信念に基づき、双子殺害や人身御供といった慣習の廃絶に、積極的に取り組んでいたのです。

実はメアリー・スレッサーの英雄譚は、西欧列強が植民地主義を正当化するための、ある意味プロパガンダのような分かりやすい物語という側面もあったのです。しかし、その陰には、自らの手で社会を変えようとした、アフリカ人指導者たちの、知られざる闘いがあったのです。


第3章:イグボ=オラ – 世界が祝福する「双子の首都」

そして、時代は変わって、ナイジェリア南西部に位置する、イグボ=オラ。 この町は、「世界の双子の首都」という異名を持ちます。 世界平均の4倍以上とも言われる、驚異的な双子出生率を誇り、ここでは、双子の誕生は恐怖ではなく、祝福され、崇敬されるべき奇跡と見なされているのです。

イベジ信仰 – 祝福の宇宙観

この地を含むヨルバ文化圏では、双子は「イベジ」と呼ばれ、至高神から授かった特別な贈り物と見なされています。彼らは、幸運、富、そして豊穣をもたらす存在として、畏敬の念をもって扱われるのです。

この信仰は、双子の名付けにも表れています。最初に生まれた子は「タイウォ(世界を最初に味わう者)」、二番目に生まれた子は「ケヒンデ(後に来た者)」。そして、文化的には、後から生まれたケヒンデの方が、兄または姉と見なされます。 これは、ケヒンデがタイウォを先にこの世に送り出し、安全な場所かどうかを確認させた、という神話に基づいています。

木に宿る魂「エレ・イベジ」の謎

そして、ヨルバ族の双子信仰の中で、最も深遠で感動的なのが、「エレ・イベジ」と呼ばれる、木彫りの人形にまつわる慣習です。 ヨルバ族は、双子は一つの魂を共有していると信じています。そのため、もし双子の一方が亡くなると、魂の均衡が崩れ、生き残ったもう一方の魂も危険にさらされる、と考えられています。

この霊的な危機を乗り越えるため、亡くなった双子の身代わりとして、小さな木像「エレ・イベジ」が彫られます。 この像は、亡き子の魂が宿る器とされ、家族はそれを、生きている子供と全く同じように扱います。 像は定期的に沐浴させられ、美しい衣服を着せられ、食事の際には象徴的に食べ物が供えられ、子守唄が歌われるのです。

この慣習は、かつて乳幼児死亡率が非常に高かったという厳しい現実に対する、極めて洗練された文化的応答でした。それは、親が悲しみを乗り越え、亡き子との絆を維持し続けることを可能にする、強力なグリーフケアのツールでもあったのです。


第4章:多胎の謎 – ヤムイモか、遺伝子か?

では、なぜイグボ=オラでは、これほどまでに多くの双子が生まれるのでしょうか。 この謎について、地元では長年、ある説が広く信じられてきました。

「ヤムイモ説」という名の食文化ミステリー

それは、彼らの主食であるヤムイモに、女性の排卵を促す天然の化学物質が含まれている、というものです。 しかし、この魅力的な「ヤムイモ説」は、科学的な精査に耐えうるものではありません。ヤムイモは西アフリカの広範な地域で食べられていますが、他の地域では、これほど高い双子出生率は見られないからです。

科学が解き明かした、遺伝子の秘密

現在、多くの研究者が、この現象の主要因は「遺伝」にあると考えています。 ヨルバ族は、民族として、世界で最も高い二卵性双生児の出生率を持つことが知られており、これは特定の地域に限定されない、民族的な特徴であることを示唆しています。 近年のゲノム研究は、卵巣でのホルモン応答などを調節する特定の遺伝子変異が、ヨルバ族の女性に遺伝的に過排卵(一度に複数の卵子を放出すること)を起こしやすい、生物学的な基盤を与えていることを、強く示唆しているのです。

結論:ナイジェリアの中で双子への見方が変わってきた

ナイジェリアという一つの国の中で、双子の誕生という同じ生物学的現象が、いかにして「究極の呪い」と「究極の祝福」という、両極端な意味を与えられてきたのか。 その劇的な文化的変遷は、ナイジェリア社会の深層を映し出す、壮大な物語でした。

森の闇に消えた子供と、レッドカーペットの上で喝采を浴びる子供。 この二つの対照的なイメージの間に横たわるのは、単なる時間の経過ではありません。それは、恐怖が信仰に、排除が包摂に、そして呪いが祝福へと転換を遂げた、ナイジェリア社会の価値観の、深遠な変容の物語なのです。

そして、イグボ=オラでは、そのユニークな遺伝的遺産が、世界を魅了し、地域の誇りとなる、活気に満ちた文化的アイデンティティを生み出しました。 生物学的な特異性が、いかにして豊かな文化の源泉となりうるか。ナイジェリアという国の中にあるこの不思議な物語は、その力強い証として、今も私たちに多くのことを語りかけています。

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